忍者ブログ
カレンダー
06 2025/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
フリーエリア
最新CM
(05/09)
(07/21)
(05/06)
(01/17)
(01/17)
最新TB
プロフィール
HN:
速水
性別:
男性
職業:
生保社員
趣味:
テニス、将棋、投資
自己紹介:
物理を勉強してました
バーコード
ブログ内検索
[44] [45] [46] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53] [54]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

昨日は内定会社の同期のU氏が来水戸し、夜越しで家で飲んでいたため、昨日今日とはさぼり気味。昨日がそんなタイムスケジュールだったから(?)、今日は夕方まで寝てて、夜から夜越しで研究。ちなみに、また明日(っていうか今から)祖父の実家に向かいます。やっぱりブログ書いてて思うけど、こんな不健康な生活をしていると、今日とか昨日とかって概念がわかんなくなる。定義はあるけど。
U氏は文系の人だから、自然と話も面白く感じる。普段話している相手が理系の頭でっかちで、なんか素養を狭く感じさせる人が多いから、なんだか新鮮に感じる。(いや、別に隣人を批判している訳じゃなくて、理系の院生ともなると各人が専門分野をもって、それを極めんとするわけだから、えてして視野が狭くなりがちなのかなということです。でも、物理の研究者として名を馳せている人達は、物理だけって言う人は少ないように思う。)それにしても驚いたのは、社会学で「カオス的遍歴」とか「同調」とか論じられていたということ。エントロピーなんかはその最たる例だけど、科学で生まれた用語や概念が文系の分野で応用されていることは非常にうれしいことだ。単に言葉でなくても、構造主義みたいに科学で培われた考え方とか概念が立派に応用されるという例もあるし、やっぱり物理屋さんは自分のやっていることに根ざした思考が一番ピンとくるんじゃないかな。俺もそうだし。物理屋さんは哲学とか特に晩年は東洋思想にはまる人も多いけど、これもやっぱり基本的な考え方が似ているからだと思う。物理も哲学も目指しているのは究極に抽象的な概念、根本原理みたいなものだろうから。って、ちょっと暴走したかな。
今日はなんか研究というよりはまとめって感じ。数日前にやった徹夜ゼミの見返しやら自分の研究ノートの見返し。進展は無いけど、気づくところも多いし、いい勉強にはなる。そんな余裕は無いけど、けど、修論を書くということを考えると、必要な作業だとも。あー、本当に俺、修論書けるのか。
PR
Dのよっしーさんを連行して(夜遅くから)夜遅くまでゼミをする。Onsager-Machlupに関することをやってんだけど、でー、導出できねぇ。話は簡単で、Smoluchowski方程式をFeynmann-Kacの公式を使って遷移確率を求めるってだけだ、け、ど、ど、ど、導出できね、ね、ね、ねみぃー、い、い、い、家帰って寝てぇー、え、え、え、関連書籍が欲しいぃー。ぐだぐだぐだぐだ。
今日、うちの祖父が入院したとの連絡を受けました。こんな夜越しのテンションで言うのもおかしな流れかもしれないけど、早く元気になってほしいものです。ことの大小は現時点では分からないんだけど、来週の末にお見舞いにいくことになったから、そのときに様子を見てきたい。それにしても、年に何回かは会っているとはいえ、いざこういう状況になってみると、普段元気でいてくれることのありがたさを感じる。それと同時に、こういう状況にならなきゃ気づけない自分に、少し薄情さすら感じる。うちの祖父は若くに父を亡くし、軍隊の士官学校にクラスで最年少で入り、勉強を人一倍して、戦地に赴く友人を亡くしたり、そんな結構な苦労人だから、そんなことを思うといつものーのーとしている自分が戒められる気分になる。そんなこんだで、変な転化を起こして、もっと研究しっかりせにゃならんなぁと思った。ワトソン曰く「大多数の科学者は、新聞や仲間うちがデッチ上げている虚像とは違い、実は肝っ玉が小さく、だらしないうえに、頭が弱いときている。これに気づけなければ科学者として身をたてるには失格だ。」そうだから、すこしでもこのテキトーな人間性を是正し、まともな人間になれるような、、、と続けるとあまりにも建前っぽいから、科学者の大半がそうであると、戒めるにとどめるかな。それでは。
昨日は結局S研で一泊。雨も降ってたし、今日は結構寒かったから、しばらく研究室に居座って、夜にようやくうちに帰ってきた。ちょっと気が向いて読書に耽って、三味線弾いて、、、土日とはいえ、なんかぬるいな。社会人がよく言う「本は買うけど、読む時間がない」っていう状況にここんとこなってたんだけど、ボスが学校に来れないとはいえ、たるんでないか。それに、指導教官がいないというこの状況に加え、この研究の進度、今後の展望、、、だから論文読んで、計算機走らせてるって、この状況。冷静に見ても、見なくても、自分でペースをコントロールして、自分で全部やらなきゃならんこの状況。あせりはないわけじゃないんだ。それに、下手したら、って、下手しなくても、この状況下でまともな結果が出てくるわけが無い。この半ばやばい状況で、どっかほっつき歩くにしても、中川研の看板背負って行く(?)以上、相手方に迷惑かけるわけにもいかんし、やばいよな。(とはいえ、体当たりだーともw)うーん。
ちょっと話がずれるけど、どうも文明や技術が人知を超えてどんどん進歩していってる気がする。いや、こんな言い方は変だな。今に始まったことじゃないし。臓器移植から遺伝子操作、核兵器、「あんな鉄の塊が飛ぶわけが無い」って思ってる人にとっては飛行機だってそうだろうし、「メディアの影響が強すぎる」と思う人にとってはテレビだってひょっとしたら活版印刷のときからだってそうともいえる。俺はどうも気になってるんだけどまだいまいち踏ん切りがつけられないのが、ことさらにインターネットに関して。怖いというか、何というか、少なくともインターネットを介した人との出会いやコミュニケーションは特に怖い。情報を検出するツールとしては神と言っても言いぐらい信奉はしてるけど、人とのコミュニケーションに関しては怖くてしょうがない。こんなブログやってる奴が言うのもなんだけど、こっち(リアル)の世界では社交的で行けるけど、あっち(ネット)の世界ではちょっと引きこもりに近いかも。少なくとも対人恐怖症、コミュニケーション不全だな。顔が見れないことやネットのもつ匿名性、それと没個性的なあの文化、マウスの操作ひとつで幾人もの人と出会え、周知の仲ででもコミュニケーションというか挨拶に一日を部分的に切り取られ、容易に、あまりに容易にコミュニケーションが図れる。こういったことに怖さを感じていることが自分のmixi批判にもつながっていくんだけど、確かに使い方次第でよくも悪くも使えるけど、俺にはまだよくわかんないんだよなぁ、どう使っていいか、その使い方が。
今日はブログのコメントを自分の知らない方からいただいたんだけど、実のところどう処理していいかよく分からなくって。いや、コメントを頂いたこと自体非常にありがたいことで、もっといろんな方からコメントを頂けた方が面白いかなぁとも思うんだけど、まぁ、自分の言論を強めるとか、ディスカッションをするとか固い意味でなくて、単純にですが。あ、別に誘発するわけじゃないです。考えてみれば今までコメントをもらった人は全員自分の知っている人および、スパム行為目的のコメントだけだったから、こんな考えなくてすんだんだけどね。ひょっとして誰か俺の友人がそれっぽくやってるのかとか、誰かにメールを送ったときにそれがどっかに流れて、ブログにたどり着いたとか、かつての塾の教え子がとか、それともどっかのブロガーがとか、かといって、アクセス解析なんて野暮なことはしたくないし、でも、自分のブログは検索で引っかかるかってーとgoogleでは引っかかったり、引っかからなかったり、実はyahooでは引っかかったからそこから来訪者が時々現れるのかとか。そんなことやってる時点で、すでにコミュニケーション不全だし、アクセス解析まがいな事をやってる。意味がわからんとかいいだして、やっぱり頭でっかちでダメだとか思う。それでも自分がブログに移行したのは、それ相応の理由があってのことなんだけど、うーん、答えが見つからない。
それにブログの内容に関してもそう。俺はいっつも好き勝手に有ること無いこと書いてるけど、(いや、個人的にはそのときはあると思うことを書いてるつもりではいる。)もうちょっと自分の言論に責任を持つべきなのかも思う。つまり、自分が社会に対して何か提言してるということを前提に考えると、軽々しくものを言えんなとそういうこと。そういうのって立場の問題かもしれないけど、インターネット上を公平な言論の場であると考えると、立場とか関係なくなるし、自分が思うことをしっかり考えて自分の言ったことに責任を持って言論せねばならんのかなぁとも。まぁ、しばらくは今の書き散らすスタイルを続けるけど、こういうこと考えて言ったら、インターネットの社会って分からないことだらけ。ネットに入り浸ってる人から見たら、感覚的に分かるようなことも多いんだろうけどな。ふー、ダメだ、今日は訳分からないことを考えすぎた勘がある。どうでもいいことに饒舌になるのではなく、何を考えるべきかを的確に選んで、言論すべきだ。ちょっと疲れた。
なんか久しぶりに更新。なんかここ数日は忙しかったのか自堕落だったのかよくわからない。
今日の12月8日でもって中川先生が休みに入られる。今になって改めて言うのも変な気がするけど、なーんかボコボコにされっぱなしで迷惑ばっかりかけてしまった気がする。中川先生を引っ張ってあらぬ方向に連れて行こうとしたときも有ったし、中川先生に引っ張られてズタボロになったときもあれば、紐を切ってぼけーっとしてたときもあった気がする。なんかこう書くとろくでもない感じに聞こえるなぁ。まぁ、実際まともな学生だったとは言えないのは間違いない気がする。まだ終わった訳じゃないから総括するにもできないわけだけど、でも、ちょっとふがいないなぁ。
夜に久しぶりにヒラが来た。確か前来たのが、修論の中間発表が終わったあと。俺が椅子の上で魂が抜けきった状態のときに来て、何か声かけられてたけど訳の分からん反応をしてたときだったな。ちょっとひさしぶりに話した。で、話してたら、一緒に北海道に行くことになった(?)というのも、ボスが不在となれば、ここ茨大にいる義理もなくなるわけ(?)で、他の大学に行ってもいいわけだ。しっかり研究さえしていればだけど。Mozartも若い間はいろんなところを転々としていたって言うし、そうそう小澤征爾だってそうだよな。まぁ、身の程はさておきそういうのもありかなと。かといってずーっとほっつき歩いてる訳でもないです。もちろん何かを書かなきゃいけないわけで。そんときは腰を据えなきゃまずい訳で。今のところ、今月の18日から一週間くらい・・・ってクリスマスもかな北大近辺をうろうろとしてよう。Iくんとも連絡が取れたし、研究室に不法滞在していよう。うふふ。
忍者ブログ [PR]